お知らせ

慶祝 令和改元 新天皇陛下御即位紀念 特別御本尊大山黒鐵不動明王尊 奥殿御開扉を元年5月1日より

執行しております、しばらくは御開帳の予定でございます。               山主 合掌

いつもホームページをご覧いただきましてありがとうございます。
このたび、ホームページをより使いやすく快適にご利用いただけるように、リニューアルを行いましたのでお知らせします。
今後ともサービス向上のため、ホームページの改善やコンテンツの充実に努めてまいる所存でありますので、今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。

年に一度の「五檀護摩修行」の日が近づいてまいりました。
2月28日です。
大変混雑が予想されますのでお早めにお申込みください。

い. 弘法の水

その昔弘法大師が金剛杖の先でチョンと突かれると,懇々と湧き出したたと伝える。
どのような大雨また日照りでも増減せず、また濁ることなく地中深く岩間を伝ってここに泉となる。
泉質は最上とのことである。車が近くまで入れれば、ポリタンクに霊水を汲むため行列ができることだろうが、残念ながらそれはできない。しかしペットボトルに水を汲み持ち帰る人が絶えない。


ろ. 子育て地蔵

其の面相が幼い子供の顔であるところから、子供の健康な成育を守るという。


は. 爪切地蔵

弘法大師が道具を用いず、一夜で手の爪で彫刻されたと伝える。もともとあった自然石に彫り付けたもので、昔は上屋がかかっていたと云われるが今はない。実際は室町後期大永年間の作という。


に. 菩提樹

幹の上のほうが下のほうより太く見えたことから、逆さ菩提樹ともいわれた。
インド語で悟りのことを菩提、覚者のことを佛陀といいますので、お釈迦様が覚りを得たぴっぴら樹のことを,菩提樹と言うのです。


ほ. 無明橋

大山寺を過ぎて阿夫利神社への参道を進むと水なし川にかかる赤い橋。
この橋を物をいいながら進むと、きっと落し物、忘れ物をするという。


へ. 潮音洞

自然岩盤の中に四角い掘り込みがある。
これに近づいて耳を澄ますと遠い海の潮騒が聞こえるという。


と. 眼形石

目に病のある人がこれに手を触れて祈願すれば功ありという。

十一面観音

2019/01/10

倶利伽羅堂

2019/01/10

大山唯一の朱塗りの建物。二重滝の傍、現二重社のところにあって安政2年の大火で焼失を免れていたのを明治の初、ここに移した大山最古の堂です。

源 実朝が鎮雨の歌

時により過ぐれば 民の嘆きなり
八大竜王 雨止め 給へ

を捧げたのはこの堂で、大山への雨乞い、照乞いの主神はここであった。

前不動堂

2019/01/10

安政大火災後現在のケーブルの追分駅付近に建築されていたものを、今の位置に移築された。移築のさい一部を省いたため屋根も低くなっているが古さでは大山全山で第二位である本尊が本堂の昭和大修理により奉安殿に奉移したので、本堂には前不動の木造不動明王、二童子立像が移られている。現在このお堂には仏像は祭られていない。

大師堂

2019/01/10

弘法大師堂は明治40年東京浅草の不動講、本浅睦会の発願により本堂向かって左側に建立されましたが大正3年宝篋印塔が再建されるにつきその前年右側に移したものです。
内部には九十三体のお大師小像が置かれています。

鐘楼

2019/01/10

本来大山寺の梵鐘は徳川家光によって奉納されたものであるが、明治初年に破壊されくずとして払い下げられて、現在銘文「大檀那従一位左大臣源家光公」の部分のみが阿夫利神社々社務局に保存されている。
現在の鐘は昭和24年6月吉沢久造氏夫妻他賛助者多数によって奉納されたものである。
われわれはこの家光公の梵鐘を将来必ず復元したいと心に決めている。

宝篋印塔

2019/01/10


寛政7年(1795年)旧大山寺境内に建立。大正3年現境内に再建される。

香花を供えて右回りに3度回ると願がかなうといわれている

地上高約11m、青銅造りの宝篋印塔は、日本国中稀に見る精巧巨大な塔である。
  宝篋印塔は一功如来心秘密全身舎利 宝篋印陀羅尼経に依って建立するものなり。

寛政7年
(1795年)
大山11坊の内の広徳院憲海を勧進元として寛政7年に旧大山寺の境内に寄進建立された。大山全山を通じ、同じ境内の倶利伽羅龍王堂と共に、江戸時代から存続する建造物である。

作者:東都鋳師西村和泉守藤原政時
賛同者:関東一円の大山関連の寺院
修験者、信徒と僧俗混合の多数の寄進でできあがった。

明治初年 権田直助に率いられた廃仏を唱える暴徒たちによってバラバラに壊されて内部のお経とともに谷底に投げ捨てられる。
明治7年
(1874年)
大山の人々が谷底から丹念に拾い集め現境内に積み上げられるが、精巧巨大な青銅の建築物を修復復元する技術者が見つからないためそのまま保管される。
大正3年
(1914年)

取次先導師 二階堂若満、相原秀美、逸見民衛、東京土木建築有志によって再建された。
大山一山の喜びようは一方ではなく、大幡を押し立てて祝いに登った。
当時の盛大な祝賀ムードがよくわかる写真です。当時大山で最大の東西講が中心となって再建しました。東京土木建築有志は現在の大手建築会社の前身です。
大山講も各宿坊もこの時代までは、いかに大山不動尊を大切にしていたかが、よくわかります。
しかしこの20年後には軍国主義の台頭により、大山講からお不動様への信仰は完全に消し去られることになってしまいました。大山では阿夫利神社のみが唯一古来よりの信仰対象でなければならなかったからです。
ちなみに前列左から5人目が現東學坊の先々代 相原秀美氏です。

大正12年
(1923年)
関東大震災により上半分が欠落倒壊した。
大正15年 東京土木建築有志によって欠落した上半分を修理再建される。

経に曰く
若し人 福を求めて此塔の所に至って、一華一香を以って礼拝し
供養し右に廻って行動せば、是功徳に由って


官位栄耀 求めざるに自ら至り 出世し、富を得られる
寿命富饒 祈らざるに自ら増し 健康長寿がかなえられる
怨家盗賊 討たざるに自ら敗れ 恨みや犯罪人から守られる
疫癘邪気 払わざるに自ら避け 病気や悪霊から守られる
善夫良婦 求めざるに自ら得 すばらしい妻や夫にめぐりあえる
賢男善女 祈らざるに自ら生じ 素晴らしい男性、素晴らしい女性になれます。

登山参詣の善男善女は、この天下無双の霊塔前に謹んで礼拝し、塔の周りを右に三遍お回りなさい。

【 塔の大きさ 】

地盤 二丈五尺(9.45m四方) 鉄筋コンクリート
台石 高さ七尺四寸(2.24m)
重量八千五百貫(31.87t)
花崗岩
宝篋塔本体 高さ二丈八尺(8.484m)
重量九千貫(33.75t)
青銅

1丈 3.03m  10尺で1丈  1貫 3.75Kg

アクセス

お車の場合
◆国道246号線(厚木街道)の板戸交差点より6km
◆東名高速厚木IC より14km
【駐車場】
◆大山ケーブルカー大山ケーブル駅駅近くに市営第二駐車場有り(市営第一駐車場大型可)
ケーブル [大山ケーブル駅]→[大山寺駅]3分、駅から徒歩200m→大山寺
電車の場合
【電車・バス】
(1)小田急小田原線
→[伊勢原駅](駅北口へ)
例:新宿→伊勢原(小田急線)57分
(2)バス  [大山ケーブル行]→終点 約 25分(平日)
(3)徒歩500m→大山ケーブル駅
(4)ケーブル [大山ケーブル駅]→[大山寺駅]3分
(5)徒歩200m→大山寺
大山阿夫利神社からの場合
■ケーブル利用の場合
ケーブル [大山ケーブル駅]→[大山寺駅]3分、駅から徒歩200m→大山寺

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