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寛政7年(1795年)旧大山寺境内に建立。大正3年現境内に再建される。
香花を供えて右回りに3度回ると願がかなうといわれている


  地上高約11m、青銅造りの宝篋印塔は、日本国中稀に見る精巧巨大な塔である。
  宝篋印塔は一功如来心秘密全身舎利 宝篋印陀羅尼経に依って建立するものなり。
 寛政7年
 (1795年)
 大山11坊の内の広徳院憲海を勧進元として寛政7年に旧大山寺の境内に寄進建立された。大山全山を通じ、同じ境内の倶利伽羅龍王堂と共に、江戸時代から存続する建造物である。
 
   作者    東都鋳師  西村和泉守藤原政時
   賛同者   関東一円の大山関連の寺院
   修験者、信徒と僧俗混合の多数の寄進でできあがった。
 明治初年  権田直助に率いられた廃仏を唱える暴徒たちによってバラバラに壊されて内部のお経とともに谷底に投げ捨てられる。
 明治7年
 (1874年)
 大山の人々が谷底から丹念に拾い集め現境内に積み上げられるが、精巧巨大な青銅の建築物を修復復元する技術者が見つからないためそのまま保管される。
 大正3年
 (1914年)
 取次先導師 二階堂若満、相原秀美、逸見民衛、東京土木建築有志によって再建された。
 大山一山の喜びようは一方ではなく、大幡を押し立てて祝いに登った。
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 大正12年
 (1923年)
 関東大震災により上半分が欠落倒壊した。
 大正15年  東京土木建築有志によって欠落した上半分を修理再建される。
            経に曰く
               若し人 福を求めて此塔の所に至って、一華一香を以って礼拝し 
                   供養し右に廻って行動せば、是功徳に由って
 官位栄耀  求めざるに自ら至り  出世し、富を得られる
 寿命富饒  祈らざるに自ら増し  健康長寿がかなえられる
 怨家盗賊  討たざるに自ら敗れ  恨みや犯罪人から守られる
 疫癘邪気  払わざるに自ら避け  病気や悪霊から守られる
 善夫良婦  求めざるに自ら得  すばらしい妻や夫にめぐりあえる
 賢男善女  祈らざるに自ら生じ  素晴らしい男性、素晴らしい女性になれます。

登山参詣の善男善女は、この天下無双の霊塔前に謹んで礼拝し、塔の周りを右に三遍お回りなさい。
    【 塔の大きさ 】
 地盤  二丈五尺(9.45m四方)  鉄筋コンクリート
 台石    高さ七尺四寸(2.24m)
 重量八千五百貫(31.87t)
 花崗岩
 宝篋塔本体  高さ二丈八尺(8.484m)
 重量九千貫(33.75t)
 青銅
 
1丈 3.03m  10尺で1丈  1貫 3.75Kg

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